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【ニッセイ基礎研究所 解説】「共創」視点で再定義する「サステナブル・マーケティング」

AIが情報を要約する時代、ブランドは何で信頼されるか?登山アプリ「YAMAP」に学ぶ画面の外の価値

短期のユーザー獲得より、パーパスとの一貫性を優先する

 地域連携を事業の根幹に据える――こうした判断を貫くのが、「地球とつながるよろこび。」というパーパスだ。﨑村氏は、YAMAPが伝えたい価値についてこう話す。

 「YAMAPとして伝えたいのは、『地球とつながるよろこび。』です。自然っていいよね、自然とつながるのは楽しいよね、ということを伝えたい。その大前提に『安全』があります。ただ、安全、安全と言いすぎると、かえって山は危険なものだという認識になって、人と山との距離ができてしまう面もあります。パーパスや理念を支えるのが『安全』でも、そのコミュニケーションの設計は慎重に考えています」(﨑村氏)

 アプリのコアである「安全」を前面に押し出しすぎず、一つひとつの機能や接点を通じて安全への姿勢が自然に伝わる。YAMAPにとって「安全」は、自然の中へ入っていく楽しさを支えるUXであり、「地球とつながるよろこび。」を具体化する接点でもある

 このパーパスは、日々の事業判断の軸にもなっている。山とユーザーと地域の循環は、長期的にはYAMAPの事業基盤にも返ってくる。﨑村氏は「山に入る人が増え、自然とつながる人が増えることが、長期的に自社の事業基盤につながる面もあります」と語る。

 570万ダウンロードの原動力も、ユーザー同士の推奨や口コミだという。「広告・宣伝よりも、YAMAPのおかげで山を安全に歩けた・楽しめた、という一人ひとりのユーザー体験が重要です」と﨑村氏。安全・安心をコアに、パーパスと一貫した「山の楽しさを膨らませるプロダクト」の機能拡充と発信を重視する。

 アプリの事業化で、継続率やコンバージョン率といった指標が欠かせないことは言うまでもない。一方で、CPI(1インストールあたりの獲得単価)を下げることだけを優先し、アプリ本来の便益とは異なる引力で新規ユーザーを集めるような短期施策には注意がいる。準備不足の利用者を大量に山へ誘導すれば、YAMAPが守ろうとする市場の前提条件――安全に山へ入り、自然とつながれる状態を傷つけかねない。

 「パーパスを単なるメッセージにとどめず、事業判断の軸として機能させることで、『どの体験を広げたいのか』『どの市場の前提条件を守りたいのか』が明確になり、短期的なユーザー獲得に寄りすぎず、事業が続く土台を育てる判断がしやすくなります」(﨑村氏)

 その一貫性は、ユーザー対応、地域連携、社員の行動にまで及ぶ。自然を大切にすると語りながら現場で逆の行動を取らない。安全を掲げながら必要な準備や責任を軽視しない。こうした細部が、YAMAPらしさとブランドへの信頼を支えている。

AI時代のマーケティングは、市場の前提条件を守る営みへ

 今回取り上げたYAMAPのケースを、すべてのデジタルサービス企業がそのまま模倣できるわけではない。山というリアルな現場があり、安全が体験の前提になるからこそ、地域や行政との連携が事業の中心に入りやすい面もある。だが本質は、自社のサービスが使われる現場にどのような前提条件があり、それが損なわれると顧客体験や事業基盤にどう影響するのかを見極めることだ。それは、ブランドがどの体験を広げ、その体験が成り立つ前提条件をどう守るのか、という問いでもある。

 YAMAPの起点にあったのは「地球とつながるよろこび。」というパーパスだ。その「よろこび」は、安全・安心を土台に設計されながら、過度には前面へ出さない。顧客理解は登山者本人だけでなく、家族、同行者、地域、自治体といったステークホルダーまで広がり、その上で「よろこび」を損なわないよう、安全の仕組みが体験に自然と組み込まれていた。

 AI時代には、機能、価格、レビュー、使い方といった情報は短時間で比較・要約される。画面上で説明できる強みは、以前よりも横並びに見えやすい。だからこそ、直近の山を伝える「鮮度」、人が実際に歩いた「現場性」、行程や装備、安全確認を判断できる「判断可能性」を備えた情報が、確かな価値を持つ。ユーザーが残した生きた情報が、次のユーザーの価値ある体験につながっていく。

 日本マーケティング協会は2024年にマーケティングの定義を刷新し、顧客や社会と共に価値を創造し、ステークホルダーとの関係性を育み、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスだと位置づけた。YAMAPの事例は、この定義を実務の現場に引き寄せて考える手がかりになる。

 自社のサービスが使われる現場はどこにあるのか。直接の利用者以外に、誰が体験を支えているのか。その市場が続くために、損なわれてはいけない条件は何か。

 体験を成立させている現場、関係者、社会的な条件まで見つめ、パーパスに沿って市場の前提条件を守る。その上で体験を広げることが、AI時代のブランド信頼と事業の持続性をつなぐ。YAMAPの取り組みは、その1つの形だ。

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この記事の著者

小口 裕(オグチ ユタカ)

株式会社ニッセイ基礎研究所 主任研究員

多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)。消費者行動の専門家として、エシカル消費、サステナブル・マーケティング、地方創生を中心に研究・政策提言を行う。過去、20年以上にわたり、自動車、食品・飲料、デジタルコンテンツ、自治体などの多岐にわたる分野の消費者調査や研究に従事。持...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2026/08/19 07:00 https://markezine.jp/article/detail/77221

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