2004年の炎上が成長の起点、ヤシノミ洗剤が選んだ選択
──ヤシノミ洗剤は2004年に環境問題を巡っていわゆる炎上を経験されていますよね。しかし、その危機を乗り越え、今日まで右肩上がりの売上成長を維持し続けているとうかがいました。振り返ると、当時はどのような状況だったのでしょうか。
廣岡:ヤシノミ洗剤は、誕生時に掲げた「ヤシの実由来の植物性洗浄成分であること」「無香料・無着色であること」「排水が環境を汚さないこと」というコンセプトがあります。これは我々の大きな誇りであり、絶対に変えられない部分です。言い換えると、新陳代謝が非常に激しい台所洗剤マーケットにおいて、プロダクトやコンセプトをいじることができない非常にニッチな商品です。
それでも、誕生から2000年代まで一定の支持をいただいていました。しかし、2004年にテレビの取材をきっかけとして「ヤシノミ洗剤は、ボルネオの環境破壊に加担している」という大きな誤解が広がってしまいました。苦情の電話がひっきりなしにかかり、売上も下がって大変でした。
当時、社長と我々広報宣伝のメンバーは問題を「起きてしまったことは仕方ない」と冷静に受け止めていました。さらに、環境を重要視する一方で、原材料を取り巻く状況に関心を向けていなかったことも事実だと考えました。そこで「まず、テレビ番組の放送内容が本当かどうか自分たちの目で確かめよう」と、すぐにボルネオへ向かいました。
現地を調べ、ヤシの油(パームオイル)の流通を突き詰めた結果、確かにボルネオの環境破壊や野生動物の絶滅危機は深刻な事実でした。しかし、原因であるパームオイルのほとんどは「食用油」として世界中で使われており、日本の、しかも石鹸・洗剤メーカーの中でも大きな企業ではない我々の洗剤に使われている量はごくわずかだったのです。つまり「ヤシノミ洗剤のせいで森林破壊が進んでいる」というのは誤解でした。
──それなら「我々のせいではない」と主張して幕を引くこともできたはずですが、なぜそこから活動を始めたのでしょうか?
廣岡:当時、我々の目の前には「逃げる」「変える」「向き合う」という3つの選択肢がありました。
1つ目の逃げるは、「ボルネオの環境破壊は食用油の問題で、ヤシノミ洗剤のせいではありません」と逃げる方法です。最も簡単な方法ですし、一時的とはいえ、批判の矢面からは逃ることができたかもしれません。しかし、それでは現地で起きている環境破壊の解決には一歩も近づきません。
2つ目の変えるは、原料をパームオイルから他の植物油に変えてしまう方法です。しかし、パームオイルは非常に生産効率の高い優れた作物なんです。もし同じ供給量を賄うために、別の植物油に変えると、かえって環境破壊を悪化させてしまうことがわかりました。これでは解決になりません。
3つ目が向き合う。ヤシノミ洗剤は、石油系洗剤が主流の時代に植物系洗剤として誕生し、詰め替えパックをいち早く展開するなど、常に環境の一歩先を目指してきました。だからこそ、今回も原料生産地の問題という、どこもまだやったことがないところに取り組む良いきっかけだと判断しました。
他社がやっていない、原料の生産地まで遡り、川上から川下まで一貫して環境に優しい洗剤を目指す。そして、自分たちが知った問題をきちんと表明し、その改善に共感して一緒に取り組んでくれるパートナー(仲間)を作ろう、と考えたのです。
そこで、ターゲットを「ただ台所洗剤が欲しい人」ではなく、「環境問題をなんとかしたい、なんとかしなければ良くならないと思っている人たち」へシフトしました。
また、ボルネオの環境破壊は非常に根が深く、サラヤ1社だけで抱え込んでしまっては解決に至りませんし、他の企業や一般の方々が参画しづらくなってしまいます。そこで私たちは、現地政府の承認のもと、中立的な環境保全団体「ボルネオ保全トラスト」を設立しました。中立な団体をみんなで支援するスタンスを取ることで、より多くの仲間を巻き込もうと考えたのです。団体の活動を支える資金として、ヤシノミ洗剤の売上の1%を寄付(ドネーション)し、現地の環境改善活動を委託するという仕組みを2007年に構築しました。
マス広告なしでどう伝える? 商品をメディア化する「違和感」の設計
──ターゲットを変え、かつ「環境問題」という重いテーマを生活者に届けるのは、マーケティングの難易度として非常に高いと感じます。どのように生活者へメッセージを届けていったのですか。
廣岡:当時、私たちはテレビCMなどの大規模なマス広告を展開していませんでした。そもそもこの問題の深さは30秒のCMでは絶対に伝わりません。そこで、メーカーとしての強みである商品自体を媒体にする「プロダクトメディア」という考え方を採用しました。
台所洗剤の売り場に行くと、どのメーカーも「油汚れが簡単に落ちる!」といったプロダクト軸のPOPを出していますよね。そこに我々は、オランウータンやゾウの写真を載せ、「ボルネオはあなたが守る」といったPOPを掲げたのです。
──洗剤やお皿洗いを考えているエモーションとはまったくリンクしませんね。
廣岡:もう「超違和感」ですよね(笑)。でも、売り場における圧倒的な違和感こそがフックになるんです。「これはいったい何なんだろう?」と興味を持った方が、ヤシノミ洗剤とボルネオのつながりを自主的に調べてくれる。こうして最初に動いてくれる熱心な層をユーザーにできるようにしました。
さらに、世の中の環境への関心が高まりつつあった時代背景も味方しました。当時は2010年のCOP10(生物多様性条約締約国会議)に向けて、エコロジーや企業のCSRに注目が集まり始めていた時期です。環境系やソーシャル系の雑誌が増えていたので、地道に情報を提供して回りました。また、情報が無料化していくインターネット社会だからこそ、「お金を払ってでも雑誌を購入し、環境や社会に関する本物の情報を手に入れたい」と考える高感度な層へのアプローチは有効だと考えました。
加えて、自分たちの知見だけで進めず、必ず生物学者や環境活動家などの「専門家」に意見をいただきながら、適切な現地支援の形を追求しました。結果、環境問題を特集したいメディアが専門家に相談すると「それなら、サラヤという面白い会社があるよ」と、専門家の方々が推薦してくださるようになったんです。こうして広告費が限られている中でも、確度の高いパブリシティを獲得していきました。
──自社だけで閉じるのではなく、周囲の専門家やメディアを介して情報が広がっていく流れを作られたのですね。
廣岡:そうですね。もう一つ、ラジオというメディアも非常に大きな役割を果たしてくれました。ラジオはマス向けでありながら、パーソナリティとリスナーの親密性がとても高いパーソナルなメディアです。
我々が環境番組のコーナー作りや協賛を進めていく中で、ディレクターやプロデューサー自身も私たちの想いに強く共感してくれました。彼らが、番組ゲストとしてやってくる著名なミュージシャンたちに「実はスポンサーであるサラヤが、ボルネオでこんな熱心な支援をやっている」と話してくださり、興味を持ってくださったミュージシャンの方と実際に一緒にボルネオに行く機会も作れました。
ミュージシャンが「ボルネオに行ってヤシノミ洗剤の取り組みを見てきたけれど、すごいことになっていたよ」と自分の言葉でファンに向けて発信してくれる。すると、アーティストのファン層という、元々は環境問題には興味のなかった新しいコミュニティの中に「ボルネオ」という波紋が広がっていきます。
数年前にVoicyでの料理家さんとのコラボレーションも同じ狙いです。一貫して「メジャーは狙わない、マイナーメジャーを目指す」という姿勢で、確実に響く仲間を広げていきました。
