※本記事は、2020年8月25日刊行の定期誌『MarkeZine』56号に掲載したものです。
若手起業家としての期待としびれるような日々
株式会社ラバブルマーケティンググループ 執行役員 ラバブルマーケティング推進室 室長 一般社団法人SNSエキスパート協会 理事 木下優子(Yuko Kinoshita)氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。大学在学中にアゲハを創業し、ユーザー参加型の商品開発など、ソーシャルメディアによるマーケティング支援に従事。創業時には、国内外で10のアワードを受賞し、「日経WOMAN」の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012若手リーダー部門」にも選出された。趣味のヨガでは、インストラクターの資格も有する。
――木下さんは、大学在学中にマーケティング支援の会社「アゲハ」を起業されました。以前から、経営に興味があったのでしょうか。
アゲハは、大学の研究を実践する場として設立しました。ネットでユーザーの声を集めて商品開発に活かす、マーケティングの仕組みを書いた論文が表彰され、ビジネスプランにまとめたことがきっかけです。在学していた慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)は、「問題発見・問題解決」をコンセプトに掲げ、自分で問いを見つけ、それを解決する姿勢を良しとする学風でした。
実は私には、自分の軸が見つからず、「何のために勉強するのだろう」と、高校を中退して迷っていた時期があったんです。そんなときにSFCの存在を知り、ここでなら自分らしく学べるのではないかと、猛勉強して入学しました。専攻の学科だけでなく、興味を持ったどんなことでも学べる環境では、アントレプレナーシップが養われ、ビジネスや起業、マーケティングをソーシャルデザインとして捉える私の基盤が固まったと感じています。
アゲハの創業時は、ビジネスプランコンテストで何度も優勝し、女子大生社長としてメディアに取り上げられ、世間からは注目や期待を集めていましたが、なかなか成果が追いつかず、苦しい時期が続きました。マーケティングや経営を学んではいましたが、実務を知らないばかりか、業界知識もお金もネットワークもなく、何をやるにもつまずき、失敗しながらだったのです。周囲からは一回りも二回りも大きなアウトプットを求められている感覚で、しびれるような日々が続きましたね。特に資金繰りのプレッシャーは重く、起業して3年目くらいに資金が底をつきそうになったときは、辛かったです。
でも振り返ってみると、20代でのこの経験を通じて、適応能力が磨かれていったと感じます。元々逆境に強く、自分に負けたくないと考えていたこともありますが、肩の力を抜き、プレッシャーやストレスを受け流しながら、最大限努力するための身のこなし方を学んだのです。妊娠・出産を機に深めたヨガ哲学にも、支えられています。
また、自分自身が主体的に活動すると、同じ志を持った魅力的な方々と知り合う機会が増えることも強く実感していました。アゲハは2019年に、ラバブルマーケティンググループのグループ会社コムニコと合併し、私はラバブルマーケティング推進室室長として働くことになるのですが、そのきっかけは、代表の林が、私がしてきたことを知り、声をかけてくれたことでした。