ブランドがメディアをうまく活用するためには、取り扱われる情報の表面ではなく、その向こう側にある「人々の感情」を読み解くべきではないか――? 国内でも“兆し”があるマーケティングの新たな潮流に、業界で先進するブランドはどう向き合っているのだろうか? 本連載では、世界で100ヵ国以上にオフィスを展開する広告代理店HAVASで日本のエグゼクティブ・ディレクターを担う北市卓史氏が、同社が持つ専門研究チームとそのネットワークを活かし、世界各国の先進的なブランドによる取り組み事例を紹介。今後国内でも注目すべきマーケティングトレンドを共有していく。今回取り上げるのは、メディアデータの変化の裏にある「感情」の変化だ。
メディアの変化を、生活者の気分から読み直す
新しいプラットフォームが次々と生まれるなか、私たちは日々、視聴時間、検索行動、利用率といったメディアデータを追いかけています。Z世代のTikTok検索への移行、ストリーミング視聴の拡大、テレビ接触の変化――数字の変化は確かに、メディア環境の現在地を教えてくれます。
しかし、数字だけでは捉えきれない変化もあります。それは、生活者がメディアに向き合う「感情」そのものの変化です。人々は何に安心し、どんな場に癒され、誰の声を信じ、どのような共有体験に心を動かされているのか。そうした感情の兆しは、日々のカルチャーのなかにいち早く表れます。
本稿では、グローバルで起きているメディアカルチャーの動向を追いながら、「何が流行っているか」ではなく「なぜ人々はそれに惹かれるのか」を紐解いていきます。データの奥にある生活者の本音を読み解くことで、ブランドが生活者との接点であるメディアをどのように活用し、新しい関係性を築いていけるか。その可能性を探っていきたく思います。
1.アルゴリズムが生み出すノスタルジア
過去の名作が、再びプラットフォームの主役に
今、NetflixやAmazonプライムなどの配信プラットフォームを席巻しているのが「OGプログラム」です。OG(オリジナル・ギャングスター)とは「元祖」や「本物」を意味し、映像業界においては、一時代を築いた過去の名作番組やオリジナルドラマを指します。
各社はこうした過去の人気作を再配信するだけでなく、現代版としてリブートする動きにも積極的です。なかでも、70年代の名作「大草原の小さな家」がNetflixで新たに蘇るというニュースは、今年の目玉として大きな話題を呼んでいます。
「キダルト」――大人が「子ども」に戻る消費
この「懐かしさ」を求める流れは、映像コンテンツだけにとどまりません。近年は「Kidult(キダルト=Kid+Adult)」と呼ばれる、大人が子どもの頃に好きだった遊びやカルチャーを再び楽しむ消費トレンドも広がっています。たとえばLEGOは、大人のマインドフルネスツールとして人気を集めています。アートトイ市場ではLABUBU(ラブブ)が世界的なヒットとなり、平成カルチャーを象徴する「たまごっち」も再び注目されています。
「アネモイア」―― 経験していない過去を懐かしむ若者
興味深いのは、この現象が「その時代を実際に生きていない若者」の間でも起きていることです。経験していない過去に懐かしさを感じる感情は「アネモイア(疑似郷愁)」と呼ばれます。80年代を舞台にしたNetflixドラマ「ストレンジャー・シングス」のヒットもその代表例。現代の若者たちは、モール文化やカセットテープなど、ドラマに登場する未知のカルチャーに熱狂したのです。
ノスタルジアの正体は、安心への欲求
ではなぜ、私たちはこれほど過去を求めるのでしょうか。手がかりとなるのが、TikTokやXを中心に拡散された「2026 is the new 2016」という言葉です。2016年は、コロナ禍も物価高もまだ遠く、誰もがもっと気軽に楽しめていた——少なくとも、そう感じられた最後の時代です。この言葉の裏にあるのは、「あの気楽な空気感を取り戻したい」という切実な願いです。「Skibidi Toilet」や「Only in Ohio」のような不条理ミームの流行も、社会の不安定さが表れている例と言えるでしょう。
こうした社会不安から、過去に安心を求める購買行動は「コンフォート消費」と呼ばれています。そして現在のノスタルジアは、3つの力で加速しています。生活者が懐かしいコンテンツに手を伸ばし、企業がそれに応えて過去のIPに投資し、アルゴリズムがその両方を学習してさらにレコメンドし続ける。このループによって、懐古主義はプラットフォーム上で自動的に再生産されているのです。もはや「懐かしい」という感情は、過去の実体験だけから生まれるものではなく、システムが構造的に再生産する、世代を超えて共有される感覚になっているのです。
こうしたなかでブランドが向き合うべきなのは、昔の作品やデザインを使って、ただ「懐かしさ」をアピールすることではありません。生活者が過去に惹かれる背景には、不確実な現在から少し距離を置きたいという、安心への欲求があります。だからこそ重要なのは、その奥にある安心感や気楽さを、ブランド体験としてどう再設計できるかという視点なのかもしれません。
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- この記事の著者
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北市 卓史(キタイチ マサシ)
HAVAS JAPAN 株式会社 Executive Director
営業職をベースに、国内と海外にて広告代理店の会社/新規事業立ち上げに従事。2022年より世界149カ国にオフィスを展開する広告代理店であるHAVAS社の日本法人の現職に就任。多様性のある職場や働き方、他国オフィスとのオペレーシ...
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