【特別寄稿】「誰もが」に、まだ見えていない誰かがいる──マーケティングと「権利」の視点
坂巻さんが語った「『誰もが』と聞いて思い浮かべる姿は人それぞれ違います」という一言は、今回の取材で強く印象に残った言葉の一つでした。
私たちは無意識のうちに、自分がよく知る誰か、自分に近い誰かを「誰もが」の代表として思い浮かべてしまいます。それは決して悪意ではなく、人間の認知の仕組みそのものです。
しかし、その狭い視界のまま「誰もが使えるサービス」「みんなに届くメッセージ」を作ろうとした瞬間、想定の外側にいる人たちは静かに取りこぼされていきます。
マーケティングやコミュニケーションの現場でも、同じことが起きていないでしょうか。私たちは「共感」「エモーショナル」「刺さる」といった言葉を追いかけるあまり、その言葉が“誰には届かないのか”、“誰を置き去りにしていないのか”を深く問わないまま発信してしまうことがあります。坂巻さんが指摘した「一番映えそうな要素だけが切り取られてしまう」という構造は、まさにこの盲点から生まれるものです。
「あれば嬉しい」ではなく「なければならない」権利への感度
見落とされがちな視点として、「権利」があると思います。マーケティングの世界では、不便の解消はしばしば「付加価値」や「便益」というプラスの言葉で語られます。しかし今回の対談で坂巻さんが語ったように、アクセシビリティの本質は、マイナスの状態──そもそもアクセスできていない状態──を無くすことにあります。情報を得る権利、自分で意思決定をする権利、他人に頼らず自分の生活を営む権利。これらは本来、「あれば嬉しい付加価値」ではなく、「なければならない前提」のはずです。
しかし、この「前提」こそが、日本では驚くほど、こぼれ落ちています。2018年にイプソス社が世界28ヵ国、約2万3,000人を対象に実施した調査では、「人権についてよく知っている」と回答した人の割合は、28ヵ国平均が56%だったのに対し、日本はわずか18%。調査対象国中最下位であり、世界平均の3分の1にも届いていません。また、「人権は、生まれながらにしてすべての人に平等に与えられ、決して奪われることのない権利である」という考え方への賛同を尋ねた設問でも、賛同した人は世界平均73%に対し日本は56%にとどまっています。一方で「わからない」と答えた人は日本で31%に達し、世界平均(13%)の2倍以上にのぼっています。
企業の姿勢にも同じ傾向が表れています。経済産業省が2021年に実施した調査では、上場企業のうち人権デュー・ディリジェンス(事業活動が人権に与える影響を継続的に点検する仕組み)を実施していると回答した企業は52%にとどまり、実施していない企業のうち3割強が「実施方法がわからない」ことを理由に挙げています(※)。「権利を守る」という視点は、生活者個人の意識としても、企業の実務としても、日本ではまだ「当たり前の前提」になりきれていない事実があるのではないでしょうか。
このような土壌の中でマーケティングを行えば、「権利」という視点そのものが最初から抜け落ちてしまうのは、ある意味で自然なことかもしれません。だからこそ、私たちは意識的にこの視点を取り戻す必要があります。「誰かにとって、これは“あれば嬉しい”ではなく“なければならない”ものではないか」──そう問い直す習慣を持つことが、取りこぼしを防ぐ第一歩になるはずです。
「優しさ」ではなく「仕組み」が、対等の土台をつくる
だからこそ、SmartHRの「仕組みで解決できることを、優しさで解決しない。」という姿勢には、強く共感します。「やさしい日本語」は、外国籍の方への“配慮”としてではなく、誰もが情報にアクセスする権利を保証する仕組みとして設計されている。この違いは小さいようでいて、決定的です。「優しさ」は与える側と受け取る側という上下関係を生みますが、「仕組み」は最初から対等な土台をつくることに寄与します。
実は、こうした「特定の誰かへの配慮」としてではなく、「仕組み」として問題を解決していく発想は、私たちの身の回りにも既に存在しています。
たとえば、シャンプーボトルの側面にあるギザギザ。1989年、花王に寄せられた「洗髪中は目をつぶっているので、シャンプーとリンスを間違えてしまう」という声をきっかけに開発された、この「識別リブ(きざみ)」は、視覚に障害のある方はもちろん、目を閉じて髪を洗うすべての人にとって役立つ仕組みとして、今や業界標準になっています。花王はこの仕組みを自社だけのものにせず、業界全体に採用を呼びかけました。「自社の差別化」ではなく「みんなの前提」にする、というこの姿勢は、SmartHRの取り組みと重なる点を感じます。
「誰もが」という言葉を使うとき、私たちマーケターやPRパーソンは、自分の視界の外側に、まだ見えていない誰かがいることを忘れてはいけないはずです。そしてその誰かにとって必要なのは、多くの場合、「優しさ」という感情ではなく、「権利」を保証する仕組みです。
SmartHRの取り組みは、その仕組みづくりが決して特別なことではなく、事業の意思決定として当たり前に選び取れるものであることを教えてくれているように感じました。自分の中の小さな違和感を見逃さず、「この仕組みは、誰かを取りこぼしていないか」と問い続けること。それが、これからの時代に求められるマーケティングの出発点になるのではないでしょうか。
