BtoCは「商品と日常」、BtoBは「専門知識」を売る
では、BtoCとBtoBでは何が違うのか。
StarbucksやGapのようなBtoC企業では、店舗スタッフが商品を使う姿、コーディネート、接客の裏側など、商品と生活者の日常をつなぐコンテンツが価値を持つ。
評価される人も、必ずしも役職の高い社員ではない。商品への愛着があり、顧客と日々接し、SNS上で自然に商品の魅力を表現できる現場社員が有力候補になる。成果も再生数やエンゲージメントだけでなく、Gapのようにアフィリエイトを使えば購買まで測定できる。そのためBtoCでは、比較的多くの現場社員が参加する分散型のプログラムと相性がいい。
一方BtoBでは、Employee Creatorに求められるのは商品の紹介より、業界動向の分析、顧客課題への解説、技術的知見、現場で得た洞察などである。
その背景を示す数字もある。LinkedInが2026年6月に発表したGlobal B2B Marketing Outlookによると、米国、英国、フランス、ドイツ、インドのBtoBマーケター1,299人を対象にした調査で、83%が「従来型のブランドメッセージより信用力が重要」と回答した。また70%は、買い手がブランド制作コンテンツより同業者や専門家の声を頼りにしていると答えている。
さらに、クリエイターの情報を利用するBtoBバイヤーの56%が、購買プロセスの最終段階でクリエイターの意見を参考にしている。BtoBマーケターの82%も、クリエイターが意思決定者に対する信用力を高めると回答した。
つまり、BtoBで評価すべきEmployee Creatorは、単にフォロワーが多い社員ではない。顧客の課題を理解し、その人にしか語れない視点を提示できる営業担当者、エンジニア、コンサルタント、プロダクト責任者、経営幹部などである。
コンテンツについても、「会社から渡されたニュースをシェアする」だけでは弱い。読み手が知らなかった事実を教える、既存の考え方に疑問を投げかける、仕事上の意思決定に役立つ。そうしたThought Leadershipが求められる。
整理すれば、BtoCでは人を通じて商品を発見させ、BtoBでは人を通じて企業を信頼させる。BtoCでは「親近感のある現場社員×商品コンテンツ」、BtoBでは「専門家×知見コンテンツ」が中心になるのである。
日本企業は「社員に投稿させる」から始めてはいけない
日本企業がEmployee Creatorを取り入れる際、最も避けたいのは、社員に一律でSNS投稿を求めることだ。
マーケティング部門が文章を作り、「これをLinkedInでシェアしてください」と社員に渡す。それではEmployee Creatorの強みである当事者性が消えてしまう。
まず必要なのは、発信意欲があり、自分なりの専門性や商品への思いを持つ社員を発見することだ。そのうえでマーケティング、広報、人事、法務などが連携し、撮影可能な場所、機密情報、競合への言及、商品説明など最低限のルールを設ける。企業が提供すべきなのは完成した「台本」ではなく、研修、制作ツール、編集支援、テーマのヒント、そして必要に応じた報酬である。
報酬については、先述したSprout Socialの2026年調査で、消費者の61%が商品を宣伝する社員には追加報酬を支払うべきだと回答していることも興味深い。社員だから無償で会社の商品を宣伝して当然、という発想では、持続的なプログラムにはなりにくいだろう。
広告表示への配慮も必要だ。米連邦取引委員会(FTC)の「Disclosures 101 for Social Media Influencers」では、ブランドとの「material connection」には金銭関係だけでなく、雇用関係も含まれるとしている。社員が勤務先の商品をSNSで推奨する場合も、その関係を分かりやすく開示する必要がある。
Employee Creatorは、インフルエンサーマーケティングの廉価版ではない。企業公式アカウントを社員個人に置き換える話でもない。企業がこれまで社内に閉じ込めていた「人の知識、経験、個性」を、ブランドのメディア資産として捉え直す戦略なのだ。
生成AIによって企業が大量のコンテンツを作れる時代だからこそ、コピーできない社員本人の経験は価値を増している。これから問われるのは、「公式アカウントのフォロワーを何人増やすか」だけではない。自社には、顧客がフォローしたくなる社員が何人いるのか。そして、その人たちが自分の言葉で語れる環境を作れているのか。Employee Creatorの広がりは、企業が持つ「メディア」の定義そのものを変え始めている。
