「スタサプENGLISH」のCM制作陣が参戦!
MarkeZine編集部(以下、MZ):連載の最終回では、リクルート奥田さんに加えてCM制作に携わられたクリエイティブディレクターの川名さん、フィルムディレクターの小栗監督にも話を伺っていきたいと思います。CM制作においても、仮説検証や調査を重ねて勝率を高める「調査ドリブン」の流れが進んでいます。まずはここ数年における取り組みや、感じた変化についてお聞かせください。
川名:とてもデジタル的な流れだと感じています。小さくテストして、芽がありそうなものだけをスケールさせる。理にかなっているし、コスト面でも効率的です。また、磨き込むほど強いクリエイティブが手に入るという魅力もあります。一方、調査ドリブンが無条件に「無敵の制作プロセス」かというと、そう簡単な話でもないと思っています。
結局、調査ドリブンにおいて大事なのは「何を調査にかけるのか」の部分であり、調査にかける仮説やアイデアをどこまで高いレベルで用意できるかが重要です。また、PDCAを回す途中で課題感も変化します。「その時々で最適といえる正解」を柔軟に探る姿勢も大切だと感じますね。
つまり、調査ドリブンのコアにあるのは、メンバー同士の徹底的な議論です。たとえば、奥田さんはいつも考えられる論点を率直に全部出してくれますが、議論し尽くすことの価値を踏まえてのことだと思っています。
小栗:確かに、これだけ議論のプロセスが丸見えになる仕事もあまりないかもしれませんね。クリエイティブを制作する側の目線でいうと、私たちは「世の中を振り向かせること」「広告として機能すること」の2つを考えます。その際、扱う情報の有効性や裏付けが取れている点は、調査ドリブンの良さだと感じます。
昨今では、メッセージ量が過多なクリエイティブが多く見受けられます。15秒のCMのうち、ほとんどを情報で埋めたら「埋没するクリエイティブ」になることは避けられません。表現の持つポテンシャル、つまりジャンプの幅を広げたいなら、伝える内容を絞り込むことが必須です。そのためには、情報の取捨選択の判断が大事になります。
奥田:そういう意味では、クリエイティブにおける「What to say」と「How to say」のバランスを取ることは本当に難しいですね。もし「What to say」だけを考えれば良いのであれば、マーケターだけでも一定の解を出し得るものと思います。
ただ「How to say」を考えるとなると、映像表現として良いか、CMとして惹かれるのかも問われるため、マーケターだけで考えることは難しい。そのため、皆さんのCM制作のプロとしての視点と技術を借り、我々の視点も含めてチームとして一体化することで、良いバランスを議論、追求しています。
川名:そのバランスは、届けたい情報の質やターゲット層の嗜好・状態にもよりますからね。興味が顕在化している人たちが相手なら、より多くの情報を伝えたほうがいいとか。
小栗:議論を通して実現可能性の有無はわかりますよね。データだけ見ていると、そこがわかりにくくなってしまいます。
プレゼンテーションを無くし、議論を尽くす
MZ:本連載の第4回では、「スタサプENGLISH」のCM制作におけるオリエンテーションの工夫も伺いました。制作現場でのオリエンテーションは一方通行のプレゼンテーション型ではなく、議論ベースで進行されていたんですよね。
奥田:はい。ご提案をいただく際も、こちらからオリエンをさせていただく際も、すべて議論の時間を中心に組み立ています。CM制作現場における通例は、マーケターからまずオリエンをし、持ち帰っていただいて、次にプレゼンを受ける。それを再度マーケターが持ち帰って、社内フィードバックを取りまとめてお伝えする、の繰り返しで成り立っていると思うのですが、我々は相互にプレゼンを行う時間は一切無くし、時間のほぼすべてを議論に使っています。
またオリエン前に、オリエンの内容自体を一緒に議論させていただき、検討することも行っていました。次回のプロモーションではどういったことを実現したいのか一緒に議論して、方向性を見出していくイメージです。本来であれば決め切って与件として展開するのが作法かもしれませんが、その与件自体も議論対象とすることで、チームとして認識が合うポイントを増やすことができます。
CM制作慣習の中に存在する暗黙化した「不可侵領域」を取っ払い、本当に良いものを作るにはどうすれば良いのかをゼロベースで考え、生まれたのが今のスタイルです。
MZ:クリエイティブディレクターや監督の立場から見て、「スタサプENGLISH」のオリエンテーションや進行方法はどこが特徴的だと感じられましたか?
川名:特にユニークな点として、チームで交わす議論の量とそこにかける時間は圧倒的だと感じます。オリエンの時もプレゼンの時も、説明は早々に、議論にほとんどの時間を割くイメージです。
プレゼン前に提出した資料に対して、奥田さんたちは毎回チームでしっかり読み込んで、議論のために緻密なメモを用意されています。成り行きで質問を重ねるのではなく、仮説を確かめるように進行するので、中身が濃く、発見が生まれやすいプロセスだと感じます。
また、小栗監督のようなフィルムディレクターに企画作業の上流部分から最後のCM制作まで密に伴走いただくスタイルも、調査ドリブンアプローチのために初めて実践したものでした。Vコン(ビデオコンテ)で狙ったイメージが実際のCMに落とし込まれるまで監督がきちんと見てくれているので、調査が無駄にならないし、コミュニケーションコストも抑えることができます。
小栗:Vコンだけを担当するケースも、実制作だけ担当するケースもありますが、スタートからゴールまでのプロセスでイメージが一貫していないことはよくあります。リクルートさんのやり方は、最終的なゴールイメージから効率良く逆算でき、計算立てやすいのが強みですね。
特に興味深かったのは、リクルートさんのCM制作ではクリエイティブについて「翻訳」する必要がない点です。テーブルについた皆と同じ言語で議論できるのは、マーケターサイドのリテラシーの高さがあるからこそだと感じました。