AI時代における「ブランディング」の新たな課題とは
長年、企業ブランディングや新しいブランド体験の創出に取り組んできた博報堂。そんな同社に所属する中島優人氏は、体験を起点としたブランディングやテクノロジーを活用した新体験の開発に加え、社会テーマに官民共創で取り組む「PROJECT_Vega」にも所属し、生活者、企業、社会のより良い関係性構築を目指している。
博報堂テクノロジーズの岸本悠祐氏は、VR/XRアプリの開発や画像解析業務に従事した後、2023年に博報堂テクノロジーズに入社。現在は中島氏とともに、AIなどの最新テクノロジーを活用したユニークな事業や体験の開発を進めているという。
中島氏は、まず現在のブランディングについて「すべての接点でブランド体験の一貫性を保ちつつ、ブランドの個性を保持することが難しくなっています」と指摘する。
「接点が爆発的に増えるなか、ブランドを市場に定着させるためにAIの活用が期待されました。しかしAIで意思決定やアウトプットが中央値へ寄っていくことを繰り返した結果、総体としてブランドの個性が残りづらくなり、ブランドの同質化という新たな課題が顕在化しています」(中島氏)。
ブランドと生活者の対話が誕生―conversionからconversationへ
接点が増え、AIの浸透が進むこの時代において、ブランドの個性をどのように作っていくべきなのか。マスメディアが発達した時代は、商品やブランドの「意味」を伝えることが情報価値を持ち、SNSの発展は「ブランドの個性や価値を、透明性を持って伝える」という新たな概念をもたらした。
今後はそうした接点にAIが組み合わさっていくと予想される。そうなった時、ブランドと生活者の間には何が生まれるのか。
中島氏は「無数の“対話”が生まれるはず」との見解を示す。かつてブランドと生活者のコミュニケーションは、そのコミュニケーションを通じて生活者の行動変容を促すという「コンバージョン」が1つの指標となっていた。中島氏は、ブランドと生活者の会話がどれだけ長く生まれ続けるかが重要になる「カンバセーション=対話」の時代に入るという未来を描く。
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「そこで、いかに生活者の心に残る“ブランドらしい対話”を生み出し、それを通じてどのように生活者とつながっていくかが、“ブランドらしさ”を守る鍵になると考えています」(中島氏)。
そんな時代の新しいブランドのあり方として同社が提案しているのが、「Branded AI Agent」という概念だ。
「もし、ブランドが“生きた人格”を持っていたら?」Branded AI Agentの出発点
Branded AI Agentは、従来のブランドブックのような「静的なブランド定義」のアンチテーゼに当たる。
生活者とブランドの接点が限られた状態で、コミュニケーションも表現物が中心とされる形であれば、静的なブランド定義でも機能することはできた。だが、あらゆる接点で常時対話を行う時代において、その固定化された定義だけでは機能しづらくなっていく。
ブランド自身が直接生活者と対話するようになる未来では、対話のなかで「ブランドはどう行動するべきか」をその都度判断するダイナミックな定義が必要とされるのだ。
Branded AI Agentのコンセプトは、「もし、そのブランドが生きていたら」という視点に立ち、その人格をAIで実装することだ。ブランドがどのような思いを持ち、何に興味があり、生活者とどう言葉を交わすのか。それらを細かく規定してAIに“命”を吹き込んでいく。このBranded AI Agentが真ん中に立つことで、様々な接点で同じ言葉や振る舞いを届けていく。いわば「ブランドの思いを宿し、対話したくなるAI」だという。
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中央に立つBranded AI Agentは、生活者との対話を重ねるほどに発話データがたまっていく“器”でもある。生活者が喜ぶ話題や語りかけ方を学び、世の中への理解を深めることで、ブランド自身が対話を通じて成長していく。
こうした考え方は、既に実際のビジネスにも取り入れられている。博報堂グループでデジタルサービスやアプリの実装・開発を手掛けるHAKUHODO BRIDGEでは、Branded AI Agentを活用した企業紹介コンテンツを制作している。
HAKUHODO BRIDGEが持つ「ビジネスデザイン」「エンジニアリング」「クリエイティブ」という3つの強みをAIエージェントとして人格化し、この“3人”が最近のテクノロジートピックについて対話しながらブレストしたり、MVP(Minimum Viable Product)のラフを作ったりする過程を公開することで、自社の強みをアピールする強力な営業ツールになることを目指しているという。
「ブランドらしさ」をAIでどう実装するか
ブランドの“人格”を、AIにどのように実装していくのか。そして、現時点でどのくらい実現できているのか。
博報堂では2025年、同社グループが開催したフォーラム「博報堂 生活者インターフェース市場フォーラム2025」で、Branded AI Agentのプロトタイプ「tsubuchigAI(つぶちがい)」を発表した。
これは「タビビト」「テツガク」などの性格を持つ12体のAIエージェントが、それぞれ、あるいは来場者と対話をしながら新しいものの見方やアイデアを見つけ出したり、会話を楽しんだりする試みだ。問いを立てたり作業を任せたりするAIと異なり、一般的な「正解」を返すのではなく、知識や想いに基づいた「別解」を届けることが目的だという。
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このプロトタイプの開発に取り組んだのが、博報堂テクノロジーズの岸本氏だ。岸本氏は、「ブランドらしいAI」を制作する過程で、“ブランドらしさ”を支える裏側の設計「AI Engineering」と、実際に生活者に接する表側の設計である「AI Experience」の融合が不可欠だと気づいたという。
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「Branded AI Agentを開発する上で直面したのは、『ブランドらしさ』をプロンプトにどう落とし込むかという問題でした。『こんな口調で話してください』だと、うわべの話し方を取り繕うだけで、ブランドが大切にしている価値観や思いまでは実装できません」(岸本氏)
「カジュアルな感じで」「誠実に」という表面的な形容詞で指示するとブランドらしさを再現できない。試行錯誤の末にたどり着いたのは、「どんな時にどう思い、どう動くのか」といった内なる思いを“動詞”で規定するアプローチだ。これにより、AIの振る舞いに深みが出て、一貫したブランドらしさが生まれる。
たとえば旅行会社ブランドの人格が「旅人」であれば、その旅人はどんな時に喜びを感じ、どんなことに怒りを感じ、生活者にどうあってほしいのか。それを徹底的にプロンプトに落とし込んでいく。これだけで何十回もの更新を重ねたという。
知識設計についても同様の深さが求められた。単に情報を読み込ませるだけでは、知識を羅列するだけのAIになってしまう。“語れる”ように設計するのに重要なのは、そのAIエージェントが「知識を持った上でどう思うのか」、「生活者にどうしてほしいのか」という主観を織り交ぜることだった。
実装に協力した中島氏は「単にRAGを導入すればいいというわけではなく、AIに与える知識を作ること自体が非常にクリエイティブで、高い編集力が必要とされることを実感しました」と振り返る。
「正解を示すAI」ではなく「対話や雑談を促すAI」の実現
こうした“ブランド”らしさを、対話を通じて体験してもらうため、「空気を読む・文脈を読む」対話設計にも力を入れた。岸本氏は「一方的に正解や知識を提示するAIではなく、相手の意見を聞いて新たな解釈を加え、洞察をサマリーして伝えるという『対話のコンテキスト』を設計することに注力しました」という。「広告業界が映像制作などで培ってきたコアスキルをAI開発に応用することが重要だった」とも中島氏は振り返る。
UIの設計も独自の工夫を凝らした。会話ログが蓄積する従来のチャット形式ではなく、「今の発言」にフォーカスする上書き型の吹き出しUIを採用し、アニメーションの表現も取り入れた。こうした工夫により、「キャラクターに気配を感じ、愛着がわく」対話体験を作り上げたという。実際にフォーラムでは、tsubuchigAI同士の掛け合いに加え、来場者との直接的対話を行うことで、次世代のブランド体験を提示した。
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ブランドは「形あるもの」ではなく「にじみ出す」時代へ
今後、Branded AI Agentを含めて様々なAIエージェントが生活に浸透していくなか、ブランド体験はどのように変化していくのだろうか。
まず岸本氏が注目するのは、「SEOからAIO(AI検索最適化)」への移行だ。AIに選ばれるための最適化という概念は今も語られているが、さらにその先には、ユーザーが気づかないうちにBranded AI Agentと対話している未来が来る。購買においても、AIエージェントが商品を自律的に推薦・購入するシナリオが現実化しつつあり、購買までの動機形成をBranded AI Agentが担う範囲が大きくなる。「専用ECサイトを開かずとも、対話のなかで購買意欲が育まれていくのではないか」と、岸本氏は見ている。
中島氏が感じているのは、より根本的なブランドのあり方の変化だ。
「これまでブランドは『いかに発信するか』に主眼を置いていましたが、未来は逆に『にじみ出てくる“ブランドらしさ”』が主流になるのではないでしょうか。膨大な対話のなかで、ブランドらしさがにじみ出て、それが総体として『ブランド体験』になるという時代になるかもしれません。それをテクノロジーでどう実装していくか。ブランディングとエンジニアリングの距離はますます近づいています」(中島氏)。
ロゴや広告コピーといった「形あるもの」だけでなく、どんな思いを持ち、どんな知識を持ち、どんな判断基準で情報を届けるか——。そうした「無形のもの」が、にじみ出るブランドらしさの源泉になる。ブランドを「生きた人格」として考えること自体は、いつの時代も変わらない。それをテクノロジーの進化に追いつきながら実装していくこと。Branded AI Agentは、その最前線にある実践だ。

