1対1の「個対応」で築いてきた、再春館製薬所のマーケティング戦略
MarkeZine編集部(以下、MZ):はじめに、企業概要をご紹介ください。
有働:再春館製薬所は漢方の製薬会社として、自然の力を人の力に活かす製品作りを行っています。メインプロダクト「ドモホルンリンクル」も、漢方の製薬会社が作るスキンケアブランドとして、自然由来の原料選びにこだわり、多くのお客様からご愛顧いただいております。D2Cのビジネスモデルを軸に、製造・販売・アフターフォローまで一体型で自社完結しているのが特徴です。
マーケティング戦略については、かつて売上を伸ばすためプッシュ型の営業を行っていた時期もありましたが、その結果として返品が増えてしまいました。そこで1990年代から「TM(テレマーケティング)改革」を進め、“100人に1回購入してもらうのではなく、1人に100回購入していただく”方針へと転換しました。
有働:当社が施策において重視している判断軸は「お客様のためになるか」。仮に売上が上がる施策であっても、お客様一人ひとりの感動や喜びにつながらないことはやらない、という基準で考えています。
この考え方を土台に、お客様に1対1の「個対応」を重視したことで、現在は3回以上当社製品を購入したお客様のリピート率は90%以上に。会社の理念に共感いただくことに加え、「お客様プリーザー(※)」と呼ばれるお客様対応専門スタッフのコミュニケーションの質も高く評価いただいています。
※「お客様プリーザー」:再春館製薬所におけるお客様対応専門スタッフの呼称。単なる「オペレーター」ではなく、お客様一人ひとりの悩みや喜びに寄り添い、期待を超える感動を提供する「喜ばせる人(=Pleaser)」という意味が込められている。
電話で取り組んできた「個対応」のコミュニケーションをオンラインでも
MZ:今回は、電通デジタルと取り組んだCRM高度化についてうかがっていきます。まず、どのような課題感が背景にあったのでしょうか。
有働:大きく2つの課題がありました。1つ目は、お客様とのコミュニケーションです。当社は1対1の「個対応」にこだわってきましたが、時代の変化とともに電話応対は減少していました。電話以外のチャネルで、同様のOne to Oneコミュニケーションを実現することは簡単ではありません。そこで着目したのが、双方向でオンラインコミュニケーションが可能なLINEです。
既にLINE自体は活用していたものの、会員向けコミュニケーションとしてはメールやDMと同列の手法の一つとして捉えており、「メッセージを一斉送信して何件『商品購入』につながるか」という発想に留まっていました。広告の側面でも、テレビ、Web広告、LINEを横並びの媒体として見ていたため、LINEが持つ1対1の双方向コミュニケーションという強みを十分に活かしきれていなかったのです。
2つ目は、組織的な課題です。社内で初回購入獲得を担うチームと、CRMに取り組むチームが分かれており、情報連携はしていたものの、施策としての一貫性を出しづらい組織構造がありました。「新規獲得」と「既存顧客の満足度最大化」でKPIも分かれており、本来は線でつながるべきコミュニケーションが、点である施策ごとの最適化に留まっていました。たとえば、初回から2回目以降の購入を促進するクリエイティブと会員向けクリエイティブとで、トンマナが大きく異なるケースもありました。
キーワードは「ブランドの人格」。課題解消の第一歩は
MZ:再春館製薬所の課題を受け、電通デジタルとしてはどのような戦略が必要と考えましたか。
中村:課題解消のため一番に取り組むべきは、お客様に提供したい顧客体験の全体像、つまり「ブループリント」を描くことでした。ご相談いただいた当時、有働様がおっしゃったようにチャネルや顧客属性ごとに施策が個別最適化されており、LINE上で「再春館製薬所らしさ」をどう体現するかというブランドの“人格”が定義されていませんでした。
中村:皆様とディスカッションしながら課題構造を整理した結果、3つの原因仮説が見えてきました。
1つ目は、先ほどの「顧客体験のビジョン・ゴールイメージが統一されていないこと」です。2つ目は、事業KGIから個別の施策KPIまで一気通貫したマネジメントができておらず、長期的な投資対効果が見えづらくなっていたこと。そして3つ目は、運用ナレッジが属人化し、本来の“考える”業務ではなく“手を動かす”定型業務にリソースが奪われていたことです。
これらを解決するため、まずは当社に配信設定などの定型業務を移管し、再春館製薬所の皆様には戦略や体験設計に集中していただく体制への移行をご提案しました。将来的なインハウス化も見据え、知見が属人化しない「虎の巻」を作りながら伴走するスキームです。
太田:本スキームを実運用へ落とし込むにあたり、単に運用を代行するのではなく、まずは一連の業務プロセスの抜本的な棚卸しと再設計を行いました。
再春館製薬所様が長年大切にされてきたブランドガイドラインやきめ細やかな表現ルールを私たちが正しく理解し、実務で再現できるようになるまでには、一つひとつの認識のすり合わせが必要でした。そうしたプロセスを経て多岐にわたるタスクを整理しながら、公式アカウントの配信設定やレポーティングといった定型業務を当社に移管して標準化・効率化を進めました。
これにより、再春館製薬所様には最終的な意思決定を担っていただき、本来の“考える”業務に専念いただける体制を構築しています。
LINEを活用した施策の改善に取り組み、成約単価が-20%に!
MZ:具体的な取り組み内容についても教えてください。
清﨑:2つの施策をご紹介します。1つはLINEプロモーションスタンプ施策における頻度の見直しです。
これまで「ドモホルンリンクル」LINE公式アカウントの友だち獲得において、コラボスタンプ施策への依存度が高い状態だったため、年間で2回実施していたスタンプ施策を2025年度からは1回に減らしました。結果として、友だち追加数全体は減りましたが、初回購入に至った方の成約単価は前年の約80%まで改善しています。
中村:もう1つの施策は、2名のクリエイターとコラボしたオリジナルスタンプの制作です。従来のスタンプ施策は友だち数を大きく伸ばせる反面、ターゲット外のユーザーも多く流入し、結果として反応率の低下や有効友だち獲得単価の高騰を招いていました。そこで、より親和性の高い層との接点を作るためのPoCとして、2名のクリエイター起用をご提案しました。
清﨑:複数のクリエイターを起用したことで、それぞれのファンの方にダウンロードいただき、新たに友だち追加してくださる層を広げることができました。さらに、友だち追加後のブロック率の低下や、「ドモホルンリンクル」のターゲットである30代以上の女性層へのリーチ拡大にもつながっています。
中村:この新しいスタンプ施策で親和性の高いお客様をお迎えするにあたり、あらかじめ「受け皿」となるコミュニケーションのあり方も大きく見直していました。従来のマスメディア的な一斉配信モデルから脱却し、「One to You」のコミュニケーションへ舵を切る必要がありました。
お客様の行動起点や検討度合いに合わせたセグメント配信に切り替え、「欲しい人に、欲しい情報を、欲しいタイミングで」お届けすることで、本質的なエンゲージメントの強化を図りました。
太田:実際の運用フェーズにおいて重視したことは、「お客様一人ひとりのお悩みや状況の変化に寄り添うこと」です。具体的には、バースデーやポイント期限といった個別のタイミングを捉えた配信や、お悩み・年齢などの属性データに基づき、今その方が本当に求めている情報を最適化して出し分ける仕組みを実装しました。
太田:その根底にあったのは、再春館製薬所様が長年大切にされてきた「応対品質」や「お付き合い価値」を、デジタルの世界でいかに体現するかという問いです。単なる自動化された情報発信ではなく、まるで「お客様プリーザー」と接しているかのような手触り感や誠実さをLINE上でも設計し、日々のサービス体験を通じた深い信頼関係の構築を強く意識しました。
コミュニケーションの質向上と、組織横断での共通認識作り
MZ:取り組み全体を通して、どのような手応えがありましたか。
清﨑:従来は、「無料お試しセット」が請求されるまで、それを促すメッセージを定期的に配信していました。ただ、回数を重ねるほどブロックされやすくなる傾向にありました。そこで、配信間隔を空けたり一斉配信の回数を減らしたりと、届け方を見直しました。
その結果、1回の配信に対するお客様の反応数は大きく伸びました。配信数を増やすのではなく、1通ごとの質を高める方向へ切り替えられた実感があります。
有働:電通デジタルさんに支援に入っていただいてから、比較的早い段階で明確な成果が出ており、社内が大きくざわついたほどです。それまで当社にとってLINEは新規獲得のための単なるツールという認識が強かったのですが、電通デジタルさんのご提案は、その先を見据えたものだったと実感しています。
現在も、新規獲得チームとCRMチーム、それぞれのメンバーがいる中で、電通デジタルさんを交えて議論を続けています。今では、かつてあまり意識できていなかったID連携率にも着目できるようになりました。新たな施策のアイデアが生まれるだけでなく、それをどう実現するかまで含めて相談できる体制ができたことは、大きな変化だと感じます。
MZ:電通デジタル側で支援していく際に、意識したことはありましたか。
太田:実際にプロジェクトがスタートしてからの約1ヵ月間、熊本の本社に駐在させていただきました。社員食堂でランチをご一緒したり工場や「お客様プリーザー」様の実際の応対を間近で拝見したりと、再春館製薬所様の日常にどっぷりと身を置くことで、資料や言葉だけでは汲み取れない「独自の企業文化」や「お客様への真摯な想い」を肌で感じることを大切にしました。
また、オフラインイベントや新製品発表会にも足を運び、お客様のブランドに対する熱量にも直接触れています。徹底的に現場の解像度を上げるプロセスがあったからこそ、再春館製薬所様と同じ目線に立ち、ブランドのDNAを「『お客様プリーザー』のような誠実なデジタル体験」へ翻訳できたと考えています。
中村:有働様から「早い段階で成果が出た」とのお言葉をいただきましたが、プロジェクトを力強く推進していくうえでは、まずは現場の皆様に「数字に表れる手応え」を体感していただくことが不可欠でした。
私たちが重要視したのは、LINE単体での“部分最適化”に留まらないご支援です。LINEを顧客接点の中核となる「戦略チャネル」として位置づけ直した際、マーケティングスキーム全体をどう変革していくべきか。スキームが変われば、それにともなって先ほど申し上げたような業務プロセスも当然変わっていきます。当然ながら、長年定着していたやり方を変えることには現場の戸惑いもあり、一筋縄で進んだわけではありません。
だからこそ、新規獲得チームとCRMチームの双方を巻き込み、組織横断で共通言語を持ちながら伴走できる体制を構築できたことに、私たち自身も大きな手応えを感じています。
LINEを起点に広げる、顧客接点の全体最適化
MZ:最後に、今後の展望をお聞かせください。
有働:今回のLINEを活用したプロジェクトを通して、チーム間の連携体制を強化するうえで大きな足がかりになったと思います。今後はLINE以外の領域も含め、さらなる全体最適化を進めていきたいと考えています。
清﨑:今回のプロジェクトを通して、他部署でもLINEの可能性を感じてもらえるようになりました。イベント時の導線設計なども含めて、社内でのLINE活用の相談が増えているので、今後はそうした広がりも推進していきたいです。
太田:LINEの運用については、清﨑様のお話にあった「他部署での活用」を後押しすべく、この約1年間で蓄積した知見を「プレイブック(虎の巻)」として体系化し、将来的に再春館製薬所様内で自走できる体制作りを進めているところです。今後はさらに、LINEという枠に閉じず、有働様がおっしゃるような「顧客接点の全体最適化」を目指してマーケティング全体に貢献できるようご支援の幅を広げていきたいです。
中村:「ドモホルンリンクル」は誕生から50年という大きな節目を迎えられ、再春館製薬所様は現在、キーメッセージとして「ポジティブエイジカンパニー」を掲げていらっしゃいます。私たちはその素晴らしいビジョンの実現に向けて、単なるデジタルツールの運用支援に留まることなく、事業戦略そのものに寄与し、成長をともにドライブしていく戦略的パートナーとして、これからも深く伴走してまいります。

