マーケティングプロセスで数字遊びをする
プロセス全体のボトルネックを把握する
コンバージョン率の計算ができたら、当面の目標となる数値を加えてみましょう。各プロセスに必要な残高数を把握することができます。
また、プロセス全体の数字を見て、ボトルネックとなっているプロセスがないか分析してみましょう。モノづくりの世界でも、このボトルネックの分析に専門のデータ分析チームを置いていることがあります。どのプロセスのボトルネックを排除すれば、どの程度スループットが上がるのか、といった計算やデータ分析を日常的に行っています。コンバージョン率を改善することができれば、マーケティングをより効率的に展開できるポイントはないでしょうか。
ここでは、全体を俯瞰して把握できれば十分です。ボトルネックを改善した場合、どのように数字が変わってくるのか。様々なシミュレーションを行ってみてください。思いっきり「数字遊び」をすることで、数字感覚を養うことができます。「こんな数字になれば理想的だなあ」と想像しながら、数字を動かしてみてください。
コンバージョン率改善のシミュレーション
例えば、以下のコンバージョン率を20%改善した場合のシミュレーションを見てみましょう(図13)。
- 見込み顧客獲得プロセスから見込み顧客育成プロセスへのコンバージョン率:70% → 84%
- 見込み顧客育成プロセスから有望見込み顧客プロセスへのコンバージョン率:20% → 24%
この2つのプロセスを20%ずつ改善すれば、受注件数が約80件増加し、マーケティング効率を大幅に引き上げることができます。
上記のような数字遊びから、改善インパクトが大きいプロセスを見定めて、注力するポイントを絞り込みます。
改善インパクトが大きいものの探し方
後半プロセスの母数が大きいもの
注力するポイントを探る際に役立つ考え方として、後半にあるプロセスで母数が大きいものから着手するという方法があります。プロセスが後半に進むほど、見込み顧客が自社のサービスに接触した可能性や回数が高まります。ひょっとすると、すでに購入したことがあるかもしれません。つまり自社のサービスや商品に好意を抱いている可能性が高いといえます。
まずは後半のプロセスから改善することを検討してみてください。ただし、母数には注意します。母数が小さいと改善効果のインパクトも小さいためです。
図13のように、後半のプロセスのコンバージョン率が良好な場合は、見込み顧客育成プロセスから有望見込み顧客プロセスへのコンバージョン率改善が大きなポイントになります。
残高が多いプロセスは分割する
残高が多すぎる箇所については分割することも検討します。例えば、見込み顧客育成のプロセスを3つに分けて、「興味なし」「興味あり」「検討中」というステージを設けてみます。このような分割をする際には、時間軸を活用できます。1週間以内にウェブやメールでなんらかの活動をしているのであれば、今まさに検討している可能性があります。一方で、3カ月以上何の行動も見られないのであれば、興味がない状態と考えられます。
このような分割をするには、顧客1人1人のウェブやメールの行動を取得しておかなければなりません。現在のマーケティングでは、こういった行動トラッキングができているのとできていないのとでは、改善ポイントやボトルネックの細分化において大きな差が出てきます。
作業量に注目
もう1つの切り口は作業量です。ECサイトの運営であれば、決済システムの改修など、あまりにも作業量が大きいものは長期的な課題として取り組まなければなりません。
また、作業量と期間は密接な関係にあります。改善するためにどのくらいの期間が必要なのか、短期・中期・長期で分けて考えましょう。ビジネスインパクトが大きく、短期的に改善できそうなものから着手するのが定石です。一方、インパクトが大きくても、長期的な取り組みが必要になるものに関しては、ロードマップを作成してじっくり改善していく必要があります。
優先順位の見極めができるようになるためにも、ボトルネックを把握することは大切です。原因の詳細を分析する方法や、改善策を実行プランへ落とし込む方法については後述します。
コミュニケーションとチャネル
プロセスを動かすチャネル
本書におけるチャネルの定義
モノづくりの世界ではプロセスを前に進めるために、加工や組み立ての作業など、様々な作業カテゴリが存在します。それは人が行うこともあれば、システムやロボットが担うこともあると思います。
一方、マーケティングではプロセスを前に進めるために「コミュニケーション」を利用します。コミュニケーションにも様々なカテゴリがあり、電話のように人が行うこともあれば、システムが自動的に行うタイプのものもあります。
本書では、この各種コミュニケーションのことを「チャネル」と呼びます。マーケティングの世界では、チャネルをコミュニケーション・チャネル、流通チャネル、販売チャネルの3種類に分類するのが主流かもしれません。しかし、本書でチャネルという言葉が出てきたら、「顧客とのコミュニケーション手段」のことだと考えてください。
チャネルをマッピングする意味
企業によっては、チャネルごとに独立したマーケティングチームが存在する場合があるでしょう。例えば、メールマーケティングだけを専門に担うチームや、オンライン広告専門のチームなどに分かれているケースです。
チャネルを全体プロセスにマッピングをしておけば、お互いに関係性を理解でき、目標と責任を共有できます。組織運営も円滑になるでしょう。どのようなマーケティング活動においても、各チャネルが全体プロセスの中のどの部分で貢献しているのか、理解しておく必要があります。
プロセスごとにチャネルを整理する
ここからは、チャネルを全体プロセスにマッピングした例を見てみましょう。図14をもとに説明していきます。
認知拡大と見込み顧客獲得のフェーズでは、展示会やオンライン広告、SNSが利用されています。その後、セミナーやメールマガジンなどを活用して、見込み顧客を有望見込み顧客に育てています。
プロセスでチャネルを見る利点
このようにプロセスごとに利用されているチャネルを整理していきます。その際に意識してほしいのが、「各チャネルがプロセス間でどのように貢献しているのか」という点をはっきりさせることです。
オンライン広告であれば、認知拡大プロセスから新規見込み顧客プロセスをつなぐ役割として機能しています。プロセス内での役割としては、新規見込み顧客の獲得がゴールになります。
獲得した見込み顧客が受注まで至ったかは気になりますが、ここではプロセス内の役割だけを整理します。これはトラッキングしないという意味ではなく、あくまでもチャネルの役割を明確にすることが目的ということです。
さらにもう1つ理由があります。オンライン広告のゴールを受注としてしまうと、BtoBなど高額商材かつ人的販売が絡むビジネスの場合、ゴールの母数がかなり小さくなる可能性があります。ゴールの母数が小さすぎると、評価する際に比較が難しくなります。
また、受注までの期間が長期化することで、改善のアクションを取るのが遅れるかもしれません。中間指標にゴールを置くことで母数が増え、比較がしやすくなり、短期的に改善しやすいというメリットがあります。
プロセスを横断するチャネルの注意点
オンライン広告やSNSなど、プロセスを横断して利用しているチャネルでは、プロセスごとに目的が異なるプケースがあると思います。例えば、新規見込み顧客を獲得する目的で利用されている場合と、見込み顧客の育成を目的としている場合ではゴールが異なるはずです。
そのようなときは、同じオンライン広告でも別のチャネルとして管理するようにしてください。
チャネル内のプロセスを設計する
チャネルのマッピングを終えたら、チャネルごとにプロセスを考えましょう。これを行うことで、作業レベルの改善策までかなり具体的に見えてきます。
ゴールから考える
まずは、チャネルごとのゴールを設定します。ECサイトの運営を例に挙げると、オンライン広告の目的は見込み顧客の獲得ではなく、商品購入です。先ほどと違うことを言っているようですが、ECサイトのオンライン広告では、短期的に商品購入のプロセスまで進む可能性が高く、比較できる母数も確保できるためです。
そして、商品購入に至るまでのプロセスとして、「オンライン広告をクリックする→サイトへ訪問する→サイトを回遊する→カートへ商品を入れる→決済する」というように、ゴールまでのプロセスを定義します(図15)。
チャネルのプロセス改善の考え方
各マーケティング施策を評価する際は、チャネルごとに同一の評価指標を持っておくと、どの施策が効果的に働いたかを評価しやすくなります。
例えば、工場内である組み立ての作業カテゴリがあり、4名の作業員が同一の作業をするとします。組み立ては主にAからDまでの4つのプロセスを順番に行うとしましょう。プロセスDまで進んだら、次の作業プロセスに引き渡されます。プロセスDに30個進めるのが目標となります。このプロセス内のフローと残高をまとめると、表3のようになります。
最も作業効率がよいのは山田さんということがわかります。鈴木さんと佐藤さんも目標を達成していますが、プロセスCで作業が停滞しています。鈴木さんと佐藤さんには、山田さんの行っているプロセスCの作業を勉強してもらうか、山田さんに作業マニュアルを見直してもらうなどすると改善できそうです。
また、次のようなケースも考えてみましょう。鈴木さんか佐藤さんを別の作業へ異動させないといけなくなり、どちらを残すか選ばなければなりません。表をよく見ると、佐藤さんは同じ作業をしている他の人に比べ、多くの個数をこなしています。このことから、プロセスCが改善した場合によりよい結果を残せる可能性が高いのは佐藤さんだとわかり、残すべきだと判断できます。
マーケティング施策も同様で、同じカテゴリであれば同一のプロセス設計を行い、進捗を数字で評価する必要があります。
例)改善すべきメールマガジンを見つけたい
ここでマーケティングの例を考えてみましょう。メールマガジンの評価指標を、以下のように設定したとします。
- 配信
- 開封
- クリック
- CV(ゴール)
ゴールであるCVはキャンペーンの申し込みなど、オンラインのフォーム入力とします。メールマガジンを4回配信した結果は、表4のようになりました。
メールマガジンの中で最も効果を発揮したのは、メールマガジンAです。BとCは、Aほどではありませんが、メール内のリンクをクリックしてもらうプロセスまで進んでいるので、Aが誘導した先のウェブページを参考に見直しできそうです。メールマガジンDは抜本的な見直しが必要でしょう。
このように、チャネルを整理したうえで、チャネル内のプロセスを分解し、同一の指標で施策を評価できるようにするのが大切です。
「プロセス>チャネル>施策」の関係で考える
これまで説明した通り、マーケティングを大きく分類すると全体プロセス、プロセスごとに利用されているチャネル、チャネル内の施策という3つに分けられます。この関係を常に意識しておく必要があります。
これができていれば、各施策が売上と連動する姿が見えます。「メールのクリック率を上げれば、そのチャネル経由の売上も伸ばせる」というような説明ができるようになります。
この状態になれば、担当者は会社の成長に貢献していると堂々と言えますし、モチベーションも上がります。一方でプレッシャーも増すでしょうが、評価されない仕事をするのとはやりがいが違います。単発的・断片的な施策を行っていては、これらのことが見えません。
「プロセス>チャネル>施策」の関係を理解し、各施策を評価できることがマーケティングを行ううえでは絶対条件といえるのです (図16)。
業界別のプロセスモデルを理解する
本項では、これまでのプロセスマネジメントの方法論をBtoB以外のマーケティングに当てはめてみます。ビジネスモデルが異なっても、考え方は同じです。3つのビジネスモデルにおけるプロセスモデル、チャネルのマッピング、チャネル内のプロセス事例を紹介します。
ECサイト
ECサイトはオンラインで完結するビジネスなので、ブラックボックス化するプロセスが少なく、各プロセスの数字も収集しやすいため、プロセスマネジメントが容易なビジネスモデルです(図17)。実際、ECサイトの担当者は数字で説明することに慣れている人が多いです。
また、ECサイトは競争が激化し、ビッグプレイヤーも存在するので、オンライン広告のROASが低下して、ビジネスモデルが成立しなくなってきたという声を最近よく聞くようになってきました。そこで、下記のような複数の迂回ルートを設計して、プロセス間のコンバージョン率向上に注力する企業が増えています。
- ウェブサイト回遊だけ行い、商品をカートに入れなかった場合
- カートに入れたけれど、決済までは行わなかった場合
- リピート購入を促進
ROASを高めるためには、プロセス間のコンバージョン率の改善と、リピート購入の促進が不可欠です。オンライン広告やウェブサイト自体の改善はもちろんですが、複数チャネルからの動線設計、すなわちリンクの構築に注力する企業が増えています。
リマーケティングでは、サードパーティCookieの利用規制が高まり、オンライン広告だけでなく、メールやモバイルアプリなど複数のチャネルを活用して、リマーケティングを行う企業が増えてきています。
不動産販売・自動車ディーラーなど来店型のビジネス
BtoBのマーケティングと非常に近いモデルです。訪問して販売する場合は、ほぼ同じというケースもあります。マーケティングは来店を目標にすることが多いですが、来店後のフォローアップもあわせて担うケースも増えています(図18)。
このモデルではファストパスが多く設計されます。検討期間はBtoBより短いケースが多く、短期決戦となりやすいため瞬間をとらえてフォローアップするような仕組みを導入する企業が増加しています。ウェブサイトへの訪問があったら、コールセンターにメールで通知がされるような仕組みです。サイト閲覧者とCookieを紐付けて行動をトラッキングできる機能を、マーケティングオートメーションなどのシステムが提供しています。
幅広い年齢が対象となるケースが多いので、チャネルはオンラインとオフラインの両方を利用します。DMなどの活用にも積極的な企業が多いです。どうしてもオンラインのマーケティング施策の方がわかりやすい数字を取得できるので、オンラインに予算が偏るケースがありますが、全体プロセスをしっかりとマネジメントできていれば、オフラインのマーケティング効果も測定できるようになります。このあたりは、後ほど詳しく説明します。
最近は、契約後のアップセル/クロスセルを狙ったマーケティングに注力する企業も増えつつあります。アップセル/クロスセルのためには、契約後のリマーケティングの仕組みをしっかりと設計し、追加の商品提案をできるようにコミュニケーションします。
保険でいえば、生命保険に加入した顧客へ自動車保険を提案するようなことです。不動産を例にするなら、顧客の子供の年齢をデータとして保持していれば、将来的に間取り変更などの提案ができるかもしれません。そうしたタイミングを逃さないために、マーケティングによってコミュニケーションを継続していきます。
会員・メディアビジネス
会員ビジネスはなんといっても複数回の利用と継続が重要です。会員サイトを運営している場合は、頻繁に利用されるようにプロセスを設計する必要があります。
もし途中のプロセスで離脱するユーザーがいれば、リマーケティングをして再度成功パスに戻ってもらうために迂回路の設計が重要です。会員登録から1回も利用せずに非アクティブになってしまうユーザーもいるような世界なので、利便性を感じてもらい、頻繁に利用してもらうためのプログラムの開発に各社注力しています。このような定着化の取り組みは、ユーザーオンボーディングとも呼ばれます。特に、会員登録初期のマーケティング活動は極めて重要といわれています。
また、無料でユーザーを集め、有償化していくというプロセスも多く見られます。フリーミアムモデルともいいますが、有償の顧客をいかに継続的に保持していくかが非常に大切です。そこで、後半のプロセスでは、コールセンターやカスタマーサポートによって顧客をフォローする仕組みも必要です。このようなカスタマーサポートを支援する仕事も、マーケティングに期待されています。
続きは本書で
本書ではこのあと、収益プランを検討し、指標を正しく測定する方法を解説していきます。数字指向でマーケティングを改善していきたい方に役立つ内容となっていますので、ぜひ参考にしてみてください。