AIが変えるマーケ業務:自動化・消費行動・計測
杉原:まず議論の土台として、今起きていることを3つのポイントに整理させてください。
KDDI株式会社、インテル株式会社を経て、オーバーチュア株式会社(現Yahoo!検索広告)、Google日本法人で広告営業戦略を担当。YouTubeの日本事業立ち上げにも広告担当として携わる。企業の成長を後押ししながら、マーケティングの力で人々の暮らしや社会全体を良い方向へ導くコンサルティング会社を目指し、2009年にアタラ株式会社を創業。海外の最新情報の発信・講演・執筆も多数。
杉原:1つ目は、広告の「自動化」から「エージェント化」への急速なシフトです。これまでは入札やターゲティングの自動化が主軸でしたが、今やデータとゴールを渡せばAIエージェントが全自動でキャンペーンを回してくれる時代が確実に来ています。
2つ目は、消費者の情報接触経路の根本的な変化です。情報の入り口がAIチャットに集約され、商品の検索から購入(チェックアウト)までが一気通貫で完結する世界観になりつつあります。広告からLPに飛んでコンバージョンという従来のファネルが崩れるため、マーケターは消費者の動きを捉えるところからやり直す必要があるでしょう。この流れのなか、私はOpenAIとCriteoの取り組みにも注目しており、日本でも同様の動きが始まるのではと期待しています。
3つ目は、計測の組み合わせ設計が必須スキルになっていることです。個人単位のトラッキングモデルが終わり、実測やCAPI(Conversions API)、拡張コンバージョンを当たり前に押さえた上で、余力があればMMMやインクリメンタリティ実験も重ねるマルチレイヤーな計測が求められています。
媒体側でAIが未観測のコンバージョンを補完するのが当たり前になるなか、プラットフォーム側の数字と自社で検証した効果のギャップを読み解けないと投資判断の根拠が崩れてしまいます。これからは、マーケター自身が設計思想を持ってやらないと難しくなってきているのではないでしょうか。
まとめると、消費者の動きも広告を出すプロセスも大きく変わり、計測がさらに複雑化するなかで、我々マーケターは立ち回る必要があるわけです。この課題感を前提に、「マーケターが今まさに磨くべきスキルとは何か」について、議論していきます。
AIで大きく変わったこと 最前線の現場から
杉原:AIでマーケティングや広告が変わった、と感じる瞬間を教えてください。
小島:求人ボックスは企業と求職者をつなげるプラットフォームであり、元々AIを用いてマッチング精度を高めてきました。一方、個人の体験として、昨年まではGeminiやNotebookLMでの壁打ちやデータ分析止まりで、「まあまあ便利」程度の感覚でした。
楽天グループ株式会社、SaaS系スタートアップを経て、Google Japanに入社。ビジネスデベロップメントを牽引するとともに、Eコマースおよび人材業界のインダストリーマネージャーを歴任。延べ千社以上の事業者を対象に、デジタルマーケティング戦略の立案からDX推進まで幅広い支援を行う。2025年より株式会社カカクコムに参画し、「求人ボックス」のマーケティング責任者に就任。マーケティング戦略・実行の統括を通じ、同事業のさらなる拡大を牽引している。
小島:「これは本当に変わった」と実感したのはここ数ヵ月でしょうか。Claudeと自社データを接続して、簡単なプロンプトを投げるだけで、わずか数分でグラフつきの本格的な分析レポートが出てくる体験をしたことが大きいです。
杉原:いわゆる「Claudeショック」は、2026年に入ってからですよね。皆さんもかなり使われていると思いますが、本当にスピード感を持って取り組まないといけない時代になったと感じます。
藤原:支援側の立場から見ると、8割の企業はまだほとんど変わっていません。残り2割は変化のスピードが速く、なかにはAIの活用によって「100人いたマーケティングチームを3年で30人にする」計画を進めている企業もあります。
AIにより、当初3年の計画が「1年半で実現できる」という見立てに変わったケースも見られます。こうして生まれた「余白」をどう活かすかも重要です。作業が減って余白ができた分、新しいチャンスにすぐ飛びつける状態になっている。そういう会社がさらに先へ進んでいると感じます。
同質化・単価高騰から脱却するには?予算配分の考え方も
杉原:ではここから本題に入りましょう。現場で共通して起きている課題として、まず「同質化」が挙げられます。AIによって同じ土俵に立てる一方、アウトプットまで似通ってしまうという問題です。加えて、広告を中心に「単価高騰」も進んでいます。藤原さんは、この2つが同時に進む状況からどう抜け出すべきとお考えですか?
藤原:同質化の原因はAIではなく、AIに渡す材料にあります。LLMは平均値を出すため、同じものを入れれば同じものが出てくるのは当然です。差別化には、1st Partyデータや独自リサーチの活用、判断軸を持ったプロンプト設計、そして最終判断を人間が握ることが不可欠です。マーケターの能力の差は「手を動かす速度」から「どう考えるか」に移っています。
経営層を対象に経営、マーケティング、デジタルで企業成長の角度を上げるサポートを行う会社である株式会社300Bridgeを経営。KOMEHYO HDでは全社マーケ・DXを統括し、EC事業をゼロから約100億円規模に育成させた。ユナイテッドアローズでは最高デジタル責任者として1300億円規模のデジタル改革やOMO推進を指揮し、その後PEファンドであるアドバンテッジパートナーズでは投資先企業のマーケティング、デジタルでバリューアップを担当。
そのためには仕事のやり方を変えるしかありません。AIを使う目的は突き詰めると「時間を作ること」です。8時間をAIで2時間に圧縮し、残りをあえて暇にするのです。冗談ではなく本気でそう思っています。判断軸は経験からしか生まれないからです。人と話す、物を買ってみる、体験してみるといった積み重ねがなければ、判断軸そのものが育たないのではないでしょうか。
杉原:あえて余白を作るほうが「どう考えるか」の判断軸が鍛えられ、チャンスをつかめるということですね。
小島さんには、検索を起点に複数媒体を運用するなかで、媒体間の予算配分をどう判断しているか。加えて、ラストクリックで見える直接コンバージョンと、認知・比較段階を経て来る間接コンバージョンのバランスをどう設計しているかについてうかがいたいです。
小島:予算配分は、まず事業計画からくだって考えていきます。事業計画上のマーケティングの役割が決まった後、ペイドかオウンドか、さらに媒体へという構造で整理しています。
ペイド予算は、短期ROIと中長期ROIをまず分けて考えます。短期はMMMや媒体単体・横断の効果測定を複合的に組み合わせて判断。中長期、特にアッパーファネルへの投資は、テレビCMやYouTube、OOH・O2O広告といった選択肢の配分も含め、事業全体としてフライホイールが回るよう戦略的に意思決定していきます。
ミクロな精緻さと全体俯瞰のバランスについては、どちらに偏りすぎてもいけないと感じており、その時々で視点をスイッチングしながらライトポイントを見出していく感覚です。
マーケターから経営層への説得方法と投資判断
杉原:続いてのテーマは、投資判断と経営層への説得、AIと人間の役割分担についてです。藤原さんには、ミドル~アッパーファネルなど、ROIだけでは語りにくい領域への投資を、経営層にどう説得してきたのでしょう。
藤原:マーケター用語を経営言語に置き換えることです。客数・単価・頻度への因数分解はベースとして必要ですが、その先が肝心です。PLで語るのではなく、見込み客のストックをBS的に解釈して「将来顧客になりそうな人がこれだけいる」と示す。経営層がよく見るBS・キャッシュフローの文脈に乗せると、「ああそうだね」と腹落ちしてもらいやすくなるでしょう。
また、市場占有率や投資の進捗など大きな絵と数字を組み合わせること、競合に取られるリスクをフィアストーリーとして語ることも有効です。チームには数字で細かく話し、経営には2〜3段階抽象度を上げて話すといった使い分けが求められます。
今はAIにプロンプトを渡せばスライドも作ってくれます。あとはどう語るかを考えるだけだと思います。
小島:AIで作ったとわかるプレゼンを経営層に出すのはアリなのでしょうか。
藤原:AIで作ったことを隠すからいけないのであって、「AIで出したらこうなりました、これを基にディスカッションしましょう」と伝えればいいのではないでしょうか。経営者の意思や独自の文脈はAIには入れられません。だからこそ、AIが出した平均値をたたき台にして、そこから一緒にブラッシュアップしていくのがよいです。
AIと人間の役割分担。線引きはどうする?
杉原:小島さんは、AI自動入札が主流になるなかで「人間が判断すべきこと」と「AIに任せていいこと」の線引きをどう考えていますか?
小島:ファクトを集めて整理することはAIが圧倒的に得意で、人間はもう敵わない段階にあると感じます。これまでそういった作業に使っていた時間から、いま解放されています。AIに任せれば確実に70〜80点には届く今、残りの20点――ファクトを基にどんな仮説を立て、どんなストーリーを作るかが人間の、マーケターの腕の見せどころだと思います。
杉原:同時に、AIの精度が上がったからこそ、逆に鵜呑みにしてしまう危険も高まっていると感じます。以前はハルシネーションも多く、疑いながら使うのが当然でしたが、精度が上がった今、どこまで信じてどこで人間が介在するかの設計、つまりヒューマン・イン・ザ・ループをどう組み込むかがより重要になるでしょう。
AI時代、ブランドのトンマナや感性の守り方
杉原:続いて、ブランドのトンマナや感性をどう守りますか? AIにどこまで判断を委ねていいか、その「線引き」はどこでしょうか?

藤原:線引きは明確です。AIに任せるのはあくまで材料を集めて整理するところまでで、判断・意思決定は人間がします。
問題は「いい感じに出して」とAIに丸投げすることです。そうなれば平均値にしかなりません。大切なのは最初に何をAIに渡すかを人間がきちんと設計することです。判断できる材料までAIに持ってこさせて、最後は自分が判断する構造を作れるかどうかが問われています。
トンマナについては、ブランドブックが多くの会社に既にあるはずなので、まずそれを見直すことが第一歩だと思います。
加えて、Whatだけでなく、「なぜこれなのか」というWhyをAIにきちんと伝えられるかどうかが重要です。判断の背景にある意図や文脈を渡してこそ、AIのアウトプットがブランドの文脈に沿ったものになるためです。
杉原:最近は、それを「AIブリーフ」と呼びますよね。そのブリーフを、自分で論理立てて構造化して書けるかどうか。結局はそこが問われているのだと思います。
小島:私からは「ブランドのトンマナ」に関して、少し違う視点で。一般的にマス(マクロ Who)か、スモールマス(マイクロ Who)かという議論があるかと思いますが、AIの進化によって、1億人分の1to1=究極のマイクロWhoマーケティングも現実味を帯びてきています。
これが実現すれば、ブランドの核は1つに、人やシーンによってトンマナや表情を変えてシームレスに届けられるようになります。それは、統一された1つの“ブランド”が消失するという話ではありません。むしろ求められるシーンによって、「"ブランド"が柔軟に変化すること」、これをAIで実現できるかどうかが、次の時代の勝ち筋になると考えています。
AIレディな組織を作るために力を入れるべきことは?
杉原:ここまで議論してきたことを実現するためには、AIレディな組織であることが前提になります。AIレディな組織を作るために、最初に力を入れるべきことは何でしょうか。
藤原:まずは、カルチャーからですね。経営者自らが率先してAIを使うことが最初の一歩です。トップが使っていなければ、組織全体には広がりません。経営層と現場の間にある壁を壊して、AIが自然に組み込まれた組織構造に作り直すことが求められます。
そして外部リソースの活用です。変化のスピードが速い今、すべてを自前でやろうとしないこと。外部の専門家をチームに組み込んで、社内外の境界を越えて動ける体制を作ることが重要だと思います。
杉原:海外では「FDE(Forward Deployed Engineer)」というAI職種が海外で改めて注目を集めています。日本の組織に合うかどうかは議論の余地がありますが、ぜひ一度調べてみてください。
小島さんは、若手マーケターに対して「AIに取られないスキル」を教えるとしたら、何から始めますか?
小島:一つ明確にあるとすれば、「構造化力」です。抽象と具体を行き来する、総論と各論に分ける、因数分解して考える。言い方は様々でしょう。
AIによって浴びる情報量が圧倒的に増えるなかで、それを鵜呑みにするリスクも高まります。今自分がどこにいるのか、何をしているのかを見失わないためにも、常に構造化して考える習慣が土台にあれば、AI活用のスピードも大きく変わってくると思います。
杉原:本日は、現場の最前線で事業を伸ばしてきたお二人から、AI活用における投資判断と目利き力について具体的なお話をうかがえました。ありがとうございました。

