「焼畑式マーケティング」が生まれる構造
「当たり前ですが、名前を知ってもらうことと、選ばれる理由を育てることは同じではありません。多くの現場では、その間の設計が抜け落ちています」
川端氏が問いかけるのは、自社のマーケティングが「焼畑式」になっていないかということだ。
全体最適の視点を欠いたまま、もっともらしい部分最適だけが積み上がっていく。様々な施策を繰り返しても、ブランド資産も学習も蓄積されず、また次の“効きそうな施策”を探し続けることになる。川端氏は、こうした状態を「焼畑式マーケティング」と呼ぶ。
施策が分断するのはなぜか。背景にある3つの要因
川端氏は、施策が分断してしまう理由として3つの構造要因があると語る。
(1)設計と評価の分断
本来、施策の役割や時間軸は媒体で決まるものではない。にもかかわらず現場では、「マス広告=長期」「デジタル=短期」のように、媒体と時間軸を結びつけてしまうことが少なくない。
しかし実際は、何を目的に、何を伝えるのかによって、見るべき時間軸と評価軸は変わってくる。たとえば楽天スーパーセールをテレビCMで告知するなら、マス広告であっても短期の売上寄与で評価すべき施策となる。逆に、ブランドのコンセプトムービーをデジタル広告で配信するなら、デジタルであっても中長期の記憶形成として捉えるべきだ。
ところが現場では、この整理が曖昧なまま施策が走ってしまう。その結果、役割の違う施策まで同じ期間・同じ指標で評価されやすくなり、設計も評価もずれていく。
(2)マーケティングとブランディングの位置づけを狭く捉えすぎてしまうこと
「マーケティングとは、市場に対する価値創出の設計の総体です。一方ブランディングは、プロダクトが生活者の頭の中で記憶され、価値と紐づいた状態を作るプロセスです」と川端氏は話す。
ところが、マーケティングは短期的な販促施策へ、ブランディングはロゴや世界観作りへと、それぞれ矮小化されやすい。どちらも狭義では誤りではない。しかし、両者を別々の営みとして切り離してしまえば、施策は部分最適に陥る。その結果、カテゴリーの特性や文脈の理解が抜け落ち、施策同士のつながりも分断されてしまう。
「だから、“認知から獲得まで”という大雑把な括り方が生まれてしまうのです」と川端氏は語る。
(3)支援構造のゆがみ
リサーチや課題整理をしても、支援会社は自分たちが売りたいサービスに合うように課題設定を寄せてしまいやすい。その結果、広告代理店なら広告運用に、SEO会社ならSEOへと、解決策が手段ありきで決まっていく。課題そのものが手段に合わせて再解釈され、本来の最適解からずれてしまうのだ。
予算を積んでも勝率が上がらないのは、打ち手そのものが弱いからではない。顧客が選ぶまでの構造を捉えないまま、評価は短期に寄り、理解は浅くなり、解決策は扱いやすい手段に寄ってしまう。こうした連鎖の結果、施策は個別最適に留まり、焼畑式マーケティングが繰り返されてしまうのである。
社名認知が「選ばれる理由」に翻訳されていない
川端氏が示したある事例では、A社はB社より社名認知率が高かったにもかかわらず、指名検索数ではB社に大きな差をつけられていた。
(クリックすると拡大します)
認知そのものは、もちろん重要だ。ただ、知っている状態がそのまま利用意向や想起に結びつくわけではない。知られること、必要な場面で想起されること、比較候補に残ること、そして実際に選ばれること。これらは別々の現象である。重要なのは、それらを分断せず、1つのつながりとして設計することだ。
「人は、知っているブランドを検索するわけではありません。必要な瞬間に頭に上がったブランドを検索するのです」(川端氏)
さらに厄介なのは、A社のような状況に陥った企業が、このズレを認識しないまま指名検索数だけを追い始めてしまうことだ。そうなると、バズや一時的な露出で検索数だけを動かそうとする発想に寄りやすくなる。
しかし、本来成果につながるのは、検索行動そのものではない。必要性が立ち上がる文脈の中で便益が認識され、利用意向が変化した結果として生まれる検索やCVこそが、事業に結びつくのである。
ミドルファネルとは何か。利用意向と想起を育てる“翻訳”の設計
では、その空白にあるミドルファネルは何を担うのか。
川端氏は、ミドルファネルを「必要な状況や文脈の中で、『このブランドなら選んでもいい』と感じられる状態を作る工程」と位置づける。すなわち、生活者の利用意向を高め、想起を育てるための変換プロセスなのだ。
生活者は、ある文脈の中でブランドの便益を認識し、その意味を理解することで、「選んでもいい」という確信へと近づいていく。この積み重ねが利用意向を育て、必要なときに想起される状態を作り出す。
とはいえ、ミドルだけで完結するわけではない。ボトム、つまり手に取りやすく買いやすい環境が整っていなければ、生活者は実際の選択に至らない。一方トップ、つまり既に知られているブランドであれば、生活者は文脈の中で便益をスムーズに理解できる。だからこそトップ、ミドル、ボトムは分業ではなく、接続なのである。
(クリックすると拡大します)
CDエナジーは、その空白をどう埋めたのか?「引越し」起点で設計したミドルファネル
その考え方が最もわかりやすく表れているのが、電力・ガス事業を手がけるCDエナジーダイレクトとの取り組みである。
同社の指名検索CV数は前年比で215%伸長し、いまなお増加傾向にある。重要なのは、これが単なる指名検索数の増加に留まらない点だ。
(クリックすると拡大します)
必要な状況でブランドが想起され、「選んでもいい」という利用意向が機能した結果として、検索数とCV数の双方が動いた。そこにこそ意味がある。
電気やガスの切り替えは、日常的に比較され続ける商材ではない。平時は関与が低く、必要性は引越しのような特定の状況で突発的に立ち上がる。そこでCDエナジーでは、「引越し」という状況を起点に顧客ジャーニーを分解し、その前後で必要なコミュニケーションを設計した。
(クリックすると拡大します)
問うべきはリーチ数でもCPAでもない。まだ必要性を感じていない層に何を伝えれば利用意向が高まるのか、そのコミュニケーションにどれだけ投資すれば、いつ成果につながるのか。そうした問いに向き合いながら、顧客の文脈を作り「選ぶ理由」へとつないでいった。この設計こそが、認知施策と獲得施策の間を翻訳し、認知から獲得までを一本の流れとして接続するミドルファネルの実装だったのである。
ミドルファネルは、全体設計を取り戻す視点
施策が部分最適に陥るのは、顧客やカテゴリーの理解を飛ばし、個別の打ち手から発想してしまうからだ。何をきっかけに必要性が立ち上がり、どんな状況で選ばれるのか。その理解を起点に全体を設計しなければ、認知は認知、獲得は獲得と分断されたままになる。
だからこそ重要なのが、認知、利用意向、想起、買いやすさを横断してつなぐミドルファネルの視点である。ミドルは単なる中間工程ではない。部分最適に切り分けられた施策を、選ばれる構造としてつなぎ直す接続点なのである。
それは同時に、企業が作ったプロダクトを、生活者の中でブランドとして成立しやすい状態へ近づけるプロセスでもある。知っている、意味がわかる、思い出せる、選びやすい。その接続が積み重なって初めて、プロダクトは単なる商品ではなく、ブランドとして機能し始める。
もちろん、常にトップ・ミドル・ボトムを同じ強度で強化すればよいわけではない。どこが最も事業インパクトを生むかは、事業フェーズやカテゴリーによって変わる。認知はあるのに利用意向や想起への変換が弱い、ボトムは整っているのに比較候補に入りきれていない。そうした局面では、ミドルを起点に全体を見直すことが実務的な突破口になる。
「ミドルファネルとは、新しい概念でも施策の名前でもありません。部分最適ばかりに陥った施策の積み上げを、選ばれる構造としてつなぎ直すためのブランドマーケティングの設計なのです」(川端氏)

